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手塚治虫の豚ピョーン

大久保八億のブログ

読書感想文・1973年のピンボール(著・村上春樹)

東京に来て14ヶ月が経ちました。

 

一人暮らしも少しずつ慣れてきまして、引っ越してきた当初は右も左もわからず、映画レオンのジャン・レノに憧れて1Lの牛乳を買ったもののコップ一杯飲んで満足したまま放置し、じりじり賞味期限を迎え、半泣きで700ml牛乳を一気飲みするということもありましたが、今では「コーンフレークを買えば一気飲みしなくていい」という知恵を手にしました。夜ひとり泣きたくなったり元気ががなくなった時はフードバトルクラブで岸義行と山本晃也がバトルしてる動画見たら勇気もらえるし結構笑えることも知りました。健康のために自炊したらコバエが湧きすぎるのでコバエコナーズを買ってきたものの、2箱同時に開けてしまい部屋をコバエコナーズ腐敗臭にまみらせて軽い黒魔術したときくらいコバエを逆に多く呼び込んでしまうこともなくなりました。ほんとうに日々タフになっていくことを感じます。

 

話は変わるのですが、僕は完全に中学の時に村上春樹にハマっていて、当時所属していた陸上部の遠征にも海辺のカフカねじまき鳥クロニクルをいつでも読めるように携えていて、それこそ100m走の直前までストレッチをしながら読んでいたんですけど、あるときちょうどそのストレッチの最中、セックスのシーンにぶちあたってしまい、まぁ14歳なんで確実に勃起し棄権するか迷った結果勃起しながら100m走り抜け自己ベストを超大幅に更新するということもあって、まぁそれくらい好きだったわけです。

 

特に好きだったのが村上春樹がデビューしてからのいわゆる鼠三部作といわれる風の歌を聴け、1973年のピンボール羊をめぐる冒険で、主人公とその友人の鼠と呼ばれる男の関係を描いてるんですけど、これが背伸びしたい年頃の僕にどストライクでしていつか東京に行けばこいつらみたいにクセのあるマスターがいるバーで永久に愛想もない会話したり、プールサイドでボケっと時間つぶして気まぐれに泳いで、ちょっぴりストレンジな恋して、誰もが孤独で、そして主人公になれると思ってたんです!

 

……いやマジでなんなんすかね村上春樹。ただの大うそつきじゃないですか。開けたばかりのツーウィークのコンタクトレンズと歯ブラシをユニットバスのトイレに落としてそれ以降ユニットバスの蓋しめてたらあるとき寝ぼけて蓋におしっこして全方向に跳ね返っておしっこがたんぽぽみたいになった描写ないじゃないですか!松屋行って券売機に500円2枚入れたのにお釣り出てこなくてお昼の忙しい時間にも関わらず店員さんに頭下げて機械開けてもらったらコインの枚数正常でペテン師を見る目で見られて泣きそうになりながらグリーンカレー食う描写なかったじゃないですか!外出るのだるいから一日中YouTubeみて登録者数2万人くらいのほぼ知らないYouTuberのモノマネ90点レベルでできるようになって友達に「しらね〜よw」のツッコミありきで披露したら友達も同じライフサイクルだから100パーセントで伝わって爆ウケする描写もない!女との出会いもほぼ0!バイト先でワタナベのライブを中心に活動してる俺と同じくらい勤務態度悪いお笑いファンと仲良くなったけど社員にセクハラされて5ヶ月で辞めてったからそれ以降特に何もない!村上春樹!マジでヨーロッパ住んでるらしいけど行く機会あったら殴るからな!詐欺だ!俺は喧嘩商売とケンガンアシュラを7軒のブックオフ走り回って読破したから足腰と喧嘩の技術が同時に向上したんだぞ、村上!せいぜい金的にジョニーウォーカーの瓶を隠して防御するこったな、覚悟しとけ!

 

いやでもそんななかで唯一村上春樹の描いた主人公と俺がダブってるシーンがあって、1973年のピンボールで街を離れた主人公がバーで鼠と遊んでたスペースシップというピンボールを探すシーン(というかストーリーの主軸)があるんですけど、俺も地元にいた頃めちゃくちゃ仲良かった友達とビンゴギャラクシーというメダルゲームをしてて、友達が大学受験してる期間中しばらくやらずにたら地元のゲーセン潰れたりビンゴギャラクシー自体が撤去されてたりして、ゲームセンターはほんとうにしばらく見ない間に大型の味気もクソもないプッシャーゲームだけになっていて、その前に一日中「毎日おもしろくないですよ〜」って張り紙背中に貼ったジジイとオバハンが座っているという街自体の終わりというか絶望すら感じるようになっていて酷く悲しんだのを昨日のことのように思い出します。

 

そして僕は東京に来て、どうにかして老人が座ってないビンゴギャラクシーを探す旅に出たんですけど、ま〜ないんですよジジイの座ってないビンゴギャラクシー。僕の地元は娯楽がなかったんで比較的大型機にしてはシンプルな構造のビンゴギャラクシーは色気がなかったのかジジイ人気がなくガリレオファクトリーグランドクロスなどの演出、ジャックポット共に多めの台が黒山の人だかり、いやジジイの山にジジイがたかってる状態で月桂冠のワンカップを置いて場所取りして月桂冠ごと台奪われて、お互いのジャンパー掴み合って落下速度0の巴投げなんかしちゃってるような状態だったのですが、東京のゲームセンターのメダルコーナーにはパチンコ屋の音量ではもう体が持たないジジイかパチンコ屋をなんらかの理由で村八分にされたジジイしかいないので比較的落ち着いた台にジジイが集まる傾向があるらしく、ジジイがビンゴギャラクシーの周りで競馬予想している池袋西口アドアーズは潰れたし、おそらくライフリーにパンパンにうんこ漏らしてるジジイが常駐してる新宿プレイランド カ〜ニバルはライフリーにうんこパンパンに漏らしてるジジイいるから論外なわけです。これで東京の主要ビンゴギャラクシーは現在0です。

 

ときおり夢の中でビンゴギャラクシーをプレイしていることがあります。夢の中で僕は中学生で隣には岸本がいて20BETしていて。そして最初の三球が回る盤面に発射されていき8、21、24に吸い込まれていく。そして審判者が4球目の色を告げる。……緑。14に吸い込まれる。5球目。赤。……17。スリースポットビンゴ。リベットするルーレットが回る、オッズは3倍、ラッキー。また兵隊が時刻を知らせるみたいに3球発射されていき、補充されていき…。それだけで目を覚ますのです。それだけの夢なのですがたまらなく幸せで朝起きるといつも泣いているのです。

 

僕はもうあの頃に戻れないし、あの頃一番美しく楽しかったビンゴギャラクシーはもうないことは自明で。これからどんどんビンゴギャラクシーは記憶の中で美しくなっていくし、古びたビンゴギャラクシーが一台、また一台とゲームセンターから消えていくたびに高いくそびえる城へと変わっていくんだろうと思う。だから、話を戻せば、村上春樹がこういうことの切なさを伝えることができる一番最後の手法として主人公が最後スペースシップと再会できたのはどこか自分の中の救いでもあるのかなと、先日再読して思った。

 

ビンゴギャラクシーが「ない」自分は今東京で何をしているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは新宿のタイトーステーションでアニマロッタ3〜伝説のアニマ〜やって、ビンゴバルーン、ハニーエイト、チェーンボンバーの布陣でちょうどよく増やしつつ度々入るクリスタルチャレンジにいやシステムはまぁまぁええけど誰が得するんじゃこの時間と少々イラつきメダル300枚以上増やした日はいわもとQで天そば大盛り食うということなのです…。

 

だれか農薬貸して〜!ペプシに混ぜて死ぬからw